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大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)1724号 判決 1965年3月29日

控訴人 北野佐平

被控訴人 幸田寿生 外一名

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人に対し、被控訴人幸田寿生は金二二万八、四二六円、被控訴人宮山登美子は金三一万八、九一三円を各支払うことを命ずる。

控訴人その余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを三分し、その一を控訴人、その余を被控訴人等の各負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。控訴人に対し被控訴人幸田寿生は金一六万三、八九二円、被控訴人宮山登美子は金二一万七、七一九円を各支払うことを命ずる。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠の提出、援用、認否は

控訴代理人において「(一)控訴人は本件賃貸借契約締結の際被控訴人等から敷金の納入を受けたのであつて、右は保証金ではない。そして右敷金に金利を付する約定はなかつたのに拘らず原判決が金利相当額を控除して賃料額を算定すべきものとしたのは失当である。しかも原判決は商事法定利率を本件に適用して右金利を年六分とする二重の誤りを犯している。(二)原判決はまた、適正利潤率は特段の事情がない限り年六分とするのが相当であると判示しているが、国税局は家賃については年八分を以て計算し此の額を課税対象とする旨の通達を出している。そして右国税徴収上の基準は特段の事情に該当するものであつてこれを無視することは収入のないところに課税がある結果となり裁判所の徴税に対する干渉により税制の基礎を危くするものであつて失当である。(三)原審昭和三八年八月七日附訴拡張の申立書による請求の拡張については従来訴訟において各値上げの時点ごとにその請求をしている。」と述べ当審における鑑定人饗庭英三の鑑定の結果を援用し

被控訴代理人において「(一)本件敷金には利息を附する約定はないが敷金として当初の家賃の約四〇ケ月分(被控訴人幸田は家賃月額四、五〇〇円で敷金一五万円、被控訴人宮山は家賃月額五、〇〇〇円で敷金二〇万円)を差入れているのであつて通常の敷金よりは過大であるので毎月賃料の決定につき事実上考慮せらるべきは当然である。(二)家賃増額請求後更に増額の事由が発生した場合でも新たに増額請求をしない限り先になした増額の範囲内で再度増額の効力が生ずるものではないことは大審院判例に徴しても明らかであり、また賃料は少くとも三年間増額できないとするのが通例である。」と述べたほかは

いずれも原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

理由

当裁判所は控訴人の本訴請求は被控訴人等に対しそれぞれ主文掲記の金員の支払いを求める限度において相当と認めるものであつて、その理由は、次のとおり一部訂正、附加するほかは、原判決理由に説示せられたところと同一であるからここに右理由を引用する。

一、控訴人の前記主張(一)について、

本件賃貸借の敷金に利息を附する約定がなかつたことは当事者間に争いがないが、被控訴人等主張のごとく当初の賃料額の四〇倍又はこれに近い額の敷金が差入れられている本件のような場合(当初の賃料額がそれぞれ被控訴人等主張のとおりであることは控訴人において明らかに争わないところなのでこれを自白したものと看做す)においては、賃貸人において事実上敷金を利用しうる地位にあることをも算定基準に入れることとなし敷金に対する一定比率の金員を控除して、新賃料額を定めるのが相当である。そして当裁判所は右控除率は特段の事情がない限り年五分とするのがもつとも相当であると認める。よつて原判決中右比率を年六分とした部分を右のとおり訂正する。

二、控訴人の前記主張(二)について、

控訴人主張にかかる国税局の通達は単に徴税事務当局の内部における、利潤算出についての執務準則を定めたものに過ぎず、これにより客観的に適定な利潤の算定基準が左右せらるべきいわれはないので、この点に関する控訴人の主張は理由がない。

三、本件訴訟は控訴人の値上げの意思表示により増額せられた賃料の支払いを求める訴訟であつて民法第三八八条に規定せられたような賃料を定める形成訴訟ではない。したがつてたとえ客観的に値上げを相当とする事情が再度発生したとしても控訴人より新たに値上げの意思表示がなされない限り同人が先になした値上請求額の範囲内において当然再び値上げの効力を生じたものとすることはできない(大審院昭和一七年四月三〇日判決)。控訴人は昭和三七年一月一日以降分の各増額賃料請求の分については訴訟上各都度値上げの意思表示をしていると主張するのであるが、記録上同人が事前に右値上げの意思表示をしたと見るべき資料はない。したがつて控訴人は同人が昭和三六年二月二七日にした意思表示により増額せられた同年三月一日現在における賃料額により同日以後の賃料の支払を求めることができるのみであり、この点に関する原判決の判断はもとより正当である。

四、なお当審における鑑定人饗庭英三の鑑定の結果は、本件建物並びに敷地の価格の評価が原審鑑定人中村忠の鑑定(第一、二回)の結果及び真正に成立したものと認められる乙第一号証(佃順太郎の鑑定書)記載の評価額と著しく異なつているのみならず賃料算定方法も当裁判所の見解にそぐわないのでこれを採用しない。

五、前記一において述べたごとく敷金の差入れにもとづいて控除すべき額を敷金に対する年五分の額とし、他は原判決どおりの算出方法で計算すると別紙計算書<省略>のとおり昭和三六年三月一日当時における適正賃料、したがつて本件の正当賃料額は本件建物中(イ)の部分につき一ケ月金七、八七八円、(ロ)の部分につき一ケ月金一万〇、九九七円である。

六、右の次第で控訴人に対し被控訴人幸田は昭和三六年三月一日から昭和三八年七月三一日までの賃料として一ケ月金七、八七八円計二二万八、四六二円、被控訴人宮山は右期間内の賃料として一ケ月金一万〇、九九七円計三一万八、九一三円をそれぞれ支払うべき義務があり、控訴人の本件請求は右各金額の支払いを求める限度において理由がありこれを認容すべきであるが、右限度を超える部分は失当として棄却すべきである。

よつて原判決を右のとおり変更すべきものとし民事訴訟法第九六条第九二条第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤孝之 村瀬泰三 安井章)

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